第一回:オシャレオモシロフドウサンメディア「ひつじ不動産」の運営会社様へインタビューを行いました

メディアと言う立場から、「シェア住居」という新しいマーケット作りを行ってきた株式会社ひつじインキュベーション・スクエア代表の北川大祐さんにお話しを伺いました。

メディアと言う立場から、「シェア住居」という新しいマーケット作りを行ってきた株式会社ひつじインキュベーション・スクエア代表の北川大祐さんにお話しを伺いました。

ひつじ不動産
http://www.hituji.jp/

宜しくお願いします。2005年にひつじ不動産という会社を始められたとき、最初からシェア物件のメディアを作ろうとされていたのですか?

そうですね。ひつじ不動産はシェア物件の専門メディアということで、当初からメディア事業だけをやろうと始めた会社です。

ひつじ不動産は元々僕が一人で始めたもので、2000年代の初頭くらいに、当時は「シェアハウス」なんて呼ばれてないですけれども、その源流になっているような場所に最初に僕自身が入居者という立場で触れ合っていた事が、きっかけです。

シェア物件に関わった活動をされて、それをまとめるメディアを作ろうという流れでしょうか?

ここは誤解がないようにきっちりと説明させていただきたいんですけども、この分野っていうのは、友達同士で集まって家を借りましょう、という世界から始まっているものでは全く無いんです。

元々の走りは世界中にあるもので、外国人向けの賃貸住宅の一種なんですね。
それなりに発達した先進国の都市部には、外国人がビジネス等をしに来ます。東京も含め、そういう都市部はほぼ例外なく地価が高いし、賃貸するうえで高い与信が必要になります。そういったところで、外国人はなかなかスムーズに住宅を借りられないという現状が世界中にあります。留学や仕事で海外に行っても家を借りられないといった事情があって、シェア物件的なものに、ある種否応なく住むといった事があるわけです。
それに似たような事は東京でも起きていました。経済成長期に外国人が日本に来て、ずっとホテル暮らしというわけにもいかないが、部屋が借りられない。といったときに、日本人の需要は既に失われつつあった下宿や寮といった物件を外国人向けに賃貸して共用で使おうというものですね。
遡ると80年代くらいからそれが東京には脈々とあって、2000年代初頭からは色々あってそこに日本人が入り込むという事が起き始めました。僕も、基本的には外国人が住むはずだった建物に、なんか面白いのがあるぞと入り込んでいった人間の一人なんですね。2000年代初頭当時、そういった外国人達が住んでいた建物が東京に100以上あったんですけど、ただやっぱりすごく怖いし、非常にニッチな世界ですから危険だって伴う。
ただこの分野に触れて、そのポテンシャルというか本来的な潜在力みたいな所を強く感じたんです。こういったスタイルは今は主に外国人向けになってるけれども、本質的にはその縛りは全くなくても楽しめるはずだろうと。

そこでこの分野をマーケットとして見ると、とはいえ当時のシェア物件というのは、今とはかなり違っていて、それをそのまま日本人の一般の方向けに渡していっても、広がらない。異国情緒があって独特の面白さは非常にあるのですが、こういう新しい住宅があります、面白いですよと、勢いのままにただ単に煽って煽っていけば伸びるというものでは全くなくて、割とよく考えながら、実態も含めてじっくり育てるようなアプローチが必要だったのです。育て方次第でこのマーケットは一般向けの、多くの方々がメリットを享受できるようなものにも育つし、あるいはふわっとブームになって、ぐちゃぐちゃになって終わりという展開もあるなと。
じゃあそれがちゃんと花が開くように育てましょう、マーケットを育てましょうといった事を考えた時の方法論が、メディアという手法だったんですね。自分の所では物件を持たないかわりに、市場全体と共に育っていくという立ち位置で事業をやっていったら、この小さいマーケットが全体として成功するか失敗するかっていう事がイコール我々の事業の成功か失敗かとリンクしてくるっていう、そんなやり方が面白いんじゃないかと初めたのが、2005年です。

その中でメディアを作られていったとして、お客さん自体への認知と同時に、提供する側も日本に向けたものに変わっていかなければいけないわけですね。最初の段階から提供する側へのアクションが必要になりますね。

そうですね、最初の段階もそうですし、今に至るまでひたすらそれをずっとやり続けています。
よく誤解される事として、シェアがブームだから始めてみてうまくいったんですよね、などといった話をされるんです。実際は今のようなブームは全然無かったんですけどね。それから僕らがメディアという立場でこの分野に関わっていますという話をすると、「シェア良いですよ」っていう宣伝を煽って煽ってブームを広げようとしているんでしょ、という誤解もよくされるんですね。
けれども、基本的に僕らは不動産の、少なくとも供給側に対して、“シェア物件が儲かります、最高ですからやりましょうよ”みたいな話をした事は一度もないんです。むしろ、これは新しい分野で、真っ当にやればある程度の成功はできるけれども、かなり求められるものもあって、難しいルールもあるし、リスクもあると、だから慎重にやりましょうよという話をずっとしてきているんですね。我々のところに相談に来られる不動産会社さんには、話を聞いてやっぱりやめようという方が無数にいるんですよ。

後追いでシェアに関するメディア事業を立ち上げた人達は、「シェア良いですよ」というメッセージの発信だけに力を入れている方が多いのですが、それは一時的には良いかもしれないけれども、後で市場を無茶苦茶にしてしまう可能性が高い。ひつじ不動産というメディアがやっているのは、そういった中長期的に悪影響のあるものをいかに抑え込んでいくかで、実は素地の良いマーケットにとってはそちらの方が遥かに大事な事なんですよ。

良質な市場づくりっていう事ですね。そのために住宅管理士のセミナー等も一環としてやっていらっしゃる。

一環ではあります。ただ本当に一環でしかないですね。
本当に色んな事をやってきているんですけども、例えばひつじ不動産は一般的なメディア事業としては非常に厳しい掲載基準を設けています。シェア物件特有の安全面や、快適さをきちんと担保するために必要なことというのは法令遵守や運営管理など色々あるわけですが、ただただ勢いに任せるような姿勢でどんどん進んでいくと何が起こるかっていうと、いつか危険な事が起こるわけですよね。
それは中長期的にマーケット全体と関わっていく立場からすると、非常に怖いわけです。絶対数が増えてくれば、脇の甘い事をやってると確率論的におかしな事が起こるわけです。1%だって、今1000棟あるのですから必ず起こるわけですよ。
その中において、僕らメディア事業っていうのはマーケットとイコールですから、まずいものを何とか抑制しようという自浄的なモチベーションがある。これはボランティアとかじゃなくて、事業的なモチベーションがちゃんとあるのですね。だからこそ掲載基準というものをしっかり布いて、例えば「ここは法解釈はグレーかもしれませんがひつじ不動産をお使いになるうえでは申し訳ないんですけどもこのラインは押えてください」というような事をやってるわけですね。

ひつじ不動産の影響力がないと難しそうですね。

そうですね。行政判断などではないですから、市場のスタンダードがまだ違う所にあるときに、いくらそれを健全化しようとか良質化しようとして“うちの基準はこれです”と言ったところで、知ったこっちゃないよで終わっちゃいます。
そこで、マーケットにいるプレイヤーさん全体の中のかなりの比率の方々が、認識さえしていればすんなりと守りやすいラインをまず出していくわけですね。まずはただ単に「なるほどね」でそこを守っていただく。時間を掛けてその意識が共有されてきたら、可能な部分でまたほんのちょっとだけ基準を設けさせていただく。そういう事を繰り返す事で、僕らがメディアとしてそれなりの影響力を持っている限りにおいてですが、一定の品質のものが供給されやすい環境をなんとかつくろう、維持しようと。
メディアの立場で掲載基準を整備していくのは、実はもの凄いエネルギーが必要で、時にはトラブルにもなります。なるんですけども、成長期の市場ではどうしても必要な事です。国の法整備に任せていては何年も掛かりますし、果たして良いものが出てくるかはわからない。業界団体も、こういう成長期の市場では多種多様なプレイヤーの思惑が絡まり合ってなかなか機能しないものですから、そうした中では、どこかがある種単独でやるしかない。その主体には、しっかりした影響力をなんとか持ちつつ、現実に市場を壊さずに最適に慎重に健全化するというバランス感覚が強く求められますが、ただ実際の所もの凄く効果はありました。
掲載基準に力を入れ始めたのはこの3年くらいですけども、わかる人が見ればびっくりするくらい、歴然とマーケットのコンプライアンスですとか居住性能があがっています。

ポンポン出てくるシェア物件の良いものを「良いよ」って言うのは一つの仕事ですし、シェアの価値観を広げるなんて事も、それはそれで良い事だと思いますけども、良い方の話だけをしていても駄目で、実は住宅みたいなデリケートな市場は、温めていかに底上げするかっていう事が大事なんです。純粋にただお金儲けがしたいんですよという不動産会社さんや投資家さんであっても、良質な物件を提供してくるっていう市場構成を保つ事が凄く大事だと思ってます。そういうような働きかけ、掲載基準もそうですし、色々な部分でやらせていただいてますし、一定の貢献はしてこられたと思っています。

基準をあげたことで、掲載数に変化はありました?

いえ、市場が拡大していく中でやっていますので、掲載基準をあげたことによって掲載の実数が下がるということはないです。掲載できなくなるものは少しは出てきますけども、基本的には各事業主さんとも非常にお付き合いが長くある中でご理解いただきながらやっていますので、僕らとしてもいきなり無理のある基準はできるだけ引かないですから。
少しずつ掲載基準を上げて、そしてその品質で事業主さん側もなんとか頑張ってくれて、すると入居者の満足度も底上げされて市場のパイが拡大してと、そのサイクルが良い具合に回っていく事で、だんだん良くなっていっています。
この関係性の中で結果的に全体的に良くしていくという事をするのが僕らの仕事ですね。

マスコミ向けに統計データの発表などもされていますね。

あれはですね、いろいろ事情があるんですよ。
メディアに出れば何でもいいわけでは全くないじゃないですか。僕らが掲載基準を引いたりしながら市場づくりに取り組むというのも正にそうなんですけども、メディアっていうのは未来を作ってしまうんですよね。本人にその意識や責任感があろうとなかろうと、世の中に情報を発信する事というのは、その次の未来に必ず繋がっていくと僕らは思っていて、例えば嘘からまことが出る事もやっぱり、たくさんあるんですよ。もしいい加減な報道をされてしまうと、まさにそこから変な「まこと」が出てきてしまうという事があって、それは実は凄く危険な事なんですね。

そのような前提の中で、例えば2008年に大規模な市場統計調査をして、データを発表させていただいたんです。統計調査をやったところで僕らには直接的に利益は無いんですけれども、これは何のためにやったのかというと、2008年頃はサブプライムショックの前後の時期で、この時期マスメディアが好んで使っていたのは“格差社会”というキーワードだったんです。インターネットカフェ難民なんて言葉も出てきた時期ですが、実際にそういった人がどれだけいたかという実態とはまた別に、情緒的にそのキーワードを取り上げたがっていた、という部分が少なからずあったように思います。
丁度我々のマーケットも良いペースで拡大をしていた頃ですが、その数年間で何かが大きく変わったかというと、実は特別に変わってないんです。入居者も、相変わらず割と一般的な人々が来ているし、品質だって2008年時点では既に割と良いものだった。だったんですけども、報道はどうなるかっていうと、シェア物件の数字が伸びているのは単純に格差社会の影響でお金がなくなった若者が押し寄せているんだ、という内容がバンバン出るようになったわけです。

そこで実際に統計調査を取って数字を出してみると、シェア物件の入居者の中で、インターネットカフェ難民をやった事があるという方は本当に1%しかいなかった。ほぼいないわけですね。伸びを形成してる背景要因としては明らかに関連性がないんですけれども、報道ではもの凄い大きく出る。
そうすると何が起こるかって言うと、その報道を観た不動産オーナーさんや不動産会社さんが、なるほど、若い人たちが長引く不況でお金がなくてシェアなのかと、じゃあ二段ベット入れて安い物件をいっぱい作ればいいのかって、そういうものを作ってしまう。作っても実際は需要が無いわけで、全然稼働しないんですけれども、稼働しないと一生懸命宣伝する、メディアはそれを報道したい。そこでマッチングが出来てしまって、露出がまたどんどん増える。というように、全く需要がないにも関わらず、グルグル回って行くんです。一時的に嘘から「まこと」が出るんですが、現場に実需が無い以上、最終的には当事者が皆、不幸になって終わるだけです。市場全体としても、おかしなイメージだけが残る。
さらにサブプライムショックでバブルが崩壊したら今度は派遣村や派遣切りでシェアですと、実態とは異なる幻想の中で市場全体が何の意味もなくスラム化していくという事が、一時期起こりかけたんです。

それで何とかこの文脈っていうものを引っ張り戻さなければいけない、正常化しないと未来が無くなってしまう。現場で貧困層の大量流入は起きていないのだから、ちゃんとした報道をさせないといけない、といったところで統計データを労力をかけて作ったんです。貧困報道の取材はバンバン来るんですけれども、いや1%ですよと数字を出せるようになって、ようやく貧困報道とのタイトな結びつきで、世の中に露出するという事は何とか収める事ができましたね。

報道の在り方について、ずいぶん気にされていますね。

はじめはそうでも無かったのですが、あまりにも苦労させられましたから。事業者がトライアンドエラーを繰り返して一生懸命作り上げてきて、それがようやく日の目を見たんだっていうこの物語は凄く良い話だと僕は思うんですけども、なぜかそれを社会的に捉えていこうという時に、時代の流れや社会背景といったマーケットインの話しかされなくて、つまり事業者の現場の努力を認めないんですね。
凄くリスクがある中で、凄く大きな不動産投資をやられて、新しい分野の開拓をして、それがちゃんと回り、そして市場形成が成されているという、地に足のついたストーリーがあるんですけれども、最近でもそこを全て飛ばして、ソーシャルだ、絆重要だと、社会全体の空気の話になってしまって、目ざとい業者がその空気を嗅ぎつけて金儲けに利用し始めています、という文脈にされてしまう所があって。

それは凄く失礼な事だし、そもそも事実として間違ってもいるし、もちろんヒーローとして祭り上げればいいのかというとそれは違うのでしょうが、ちゃんとバランス感覚のある状態にしたいですね。

昨年は大震災がありましたが、その影響で同じような報道が起きそうですね。

ええ、震災があって、“絆”が大事だからシェアですよね、みたいな事でたくさん取材が来ましたが、それも原理は同じですね。震災の後で需要が急増したなんて事は起こっていないです。むしろ実際のところは、震災の後にこのマーケットは大打撃を受けているし、それはこの市場が元々持っている特質から言えば、全く至極真っ当な成り行きです。
幸か不幸かそういった勘違いをされてしまって、報道に乗る。それは認知を広げる意味ではいい側面もあるんですけれども、実態としてこのマーケットが持っている本質的に大事な事柄を押えていくって意味では、一部では凄くマイナスになってる部分もあるんです。
震災後の報道に対してはこれから色々対応をしないといけないんですけども、そういうちゃんと報道していただくっていう意味でも、ただ出ればいいという事は全然なくて、実態に即した、ちゃんと未来のある出方をする、未来のある認知の拡大をする。そういった部分でも色々やらせていただいてます。

報道によって、供給側だけではなくて、利用者側も“なるほどこれからはシェアか”となりませんか?

元々この分野はマーケットインではなくてプロダクトアウトで引っ張ってきている分野なので、大胆に言ってしまうとユーザがどう思うかはさほど影響がなくて、不動産サイドの認識という所にかなり大事なポイントがあるんです。
例えば、「友人とシェアしたいです」と若い子たちが言うのは今に始まった事ではなくて、昔から学生さんの間とかで幾らでも出てるんですね。でも昔はそれができなかった。なぜできなかったかというと、オーナーさんが慎重だったからなんです。これは結構リスク高いんじゃないか、という感覚がオーナーさんにあって、借りられなかったわけですよね。

実はそのリスク感覚は的を射ていて、若い学生さん達なんかに戸建ての物件をポンと貸したときに、何が起こるか分からないし、色々難しい事がありそうだぞと。その感覚は不動産みたいな資産価値の大きいものを扱う時には、実は至極真っ当だと思います。ブームに乗って騒ぎたいだけの人は利用者も事業者も同じで、一過性です。しかしつまるところ、シェア住居というのはコミュティの影響も含めて、実際に居住性の維持ができるかどうかということで未来が決まる。一定品質の居住性がきちんと維持できれば、そもそも豊かさで言えば非常に良いものがそこにあるわけですから、あとはゆっくりでも、無理なく自然に広がる。本来はそれが一番良いと思います。

なるほど、不動産サイドのリスク感覚によって、ゆっくりと良質な物件が増えているわけですね。

そうですね。ゆっくりと広がるくらいのペースでやって来たので凄く良かったんですけれども、最近若干まずいのは、まさにその不動産サイドの認識の緩み、なんですね。要するにこの業界の数字だけを引っ張ると、“日本全国15,000人やってますよとか、1,000棟ありますよとか、割とうまくいってますよ”なんて景気の良い話に聞こえるんですけれども、この数字というのは、プロダクトとしてそれなりの裏付けのある品質に支えられているわけであって、若い子が4、5人で集まって手作りでやっていきましょうではない、わけなんですよね。

シェア物件て難しそうだよねっていう素朴な感覚って言うのは素朴に当たっていて、それなりに難しいんですよ。迂闊な人たちに迂闊に貸せば迂闊な事が起こるというのは当たり前の話であって、なぜこの分野が15,000人という数字にまで伸びるのかというと、それなりの努力を現場でやっているからなんです。僕らが扱っているシェア物件て言うのは事業体介在型シェア住居と僕らが呼んでいる、賃貸住宅の延長線上としてのスキームを割としっかり持っているもので、これは20年30年の歴史があるんですね。
その中でトライ&エラーが地道に重ねられてきていて、ある程度うまくいくための型とかノウハウみたいなものがかっちりある。契約の仕方にしろ、コミュニティの作り方にしろ、建物の間取りの切り方にしろ、トラブル対応の仕方にしろ、かなりの蓄積があってそれを土台にしてるからうまく出来るんです。友達同士でやる手作りのものと、事業体介在型スキームの中で作ってきた事というのは、かなり区別して貸す側も借りる側も判断しないといけないんですよ。これはどちらがいいとか悪いとかじゃなくて、そもそも全く別のものですから、世の中にはちゃんと違うものとして見せていかないと、色々不幸な人が生まれるはずですね。

そういう話を全部すっとばして、単に情緒的な部分だけで広くやってしまうと、各所でトラブルが起こらないわけがないですよね。もしかしたら素晴らしい事が起こるかもしれない、けど、非常に素晴らしくない事もたくさん起こる。そのあまりにハイリスクハイリターンな状況の中には、残念ながら僕は大きな未来が無いと思っています。
ですので真面目にこの分野のポテンシャルというものをちゃんと持続的に根付かせようというレベルで責任を持って考えるのであれば、基本的にはそれなりの事業主がそれなりの責任感と持続性をもって取り組んでいかないといけないんだという事を含めて、その市場形成を真面目に考えて取り組むという事が真っ当な姿勢だと思いますね。一時的なお祭り騒ぎに利用してトレンドとして消費するには、あまりに重要すぎる分野です。

第二回に続く

インタビュアー:将積哲哉